はじめまして、ツヨです。
僕のブログに足を運んで頂きありがとうございます。
この記事では僕の自己紹介をしていこうと思います。
僕は今工場で働きながら、
副業として
ブログ、メルマガ、ユーチューブといった
インターネットを使ったビジネスをしています。
こんなことを言うと、
怪しいとか。
詐欺なんじゃないとか。
思うかもしれません。
その反応は正しいと思います。
インターネットを悪用して、
人に迷惑をかける人がたくさんいます。
テレビや新聞で良く
詐欺にあった。
騙された。
という報道がされていてますから。
怪しむのも仕方がないと思っています。
だから僕がインターネットを使ったビジネスをしてると聞いて、
こいつ、怪しいな。
と疑われるのも当然だと思ってます。
じゃあ何で、
そんな疑われるようなことをあえて言っているのかというと
インターネットビジネスは本当は怪しいものじゃない。
素晴らしいものなんだと本気で思っているからです。
隠すような恥ずかしいことをしているつもりもありませんし。
むしろ誇っています。
だからこそ、
こうして包み隠さず自己紹介をしようと思ったんです。
ネットビジネスの何が良いかというと
ネットを使えば、
誰でも簡単に格安で自分のお店を持つことできて、
趣味や好きなことを発信してお金を稼ぐことができる。
漫画が好きなら漫画を紹介してお金を稼ぐことができますし、
アニメがすきならアニメの話をしてお金を稼ぐことができる。
旅行が好きならどこがおススメのスポットかを紹介するだけでお金を稼げてしまう。
自分の趣味や好きなことが人の役に立って、
なおかつお金も稼げてしまう。。
お互いに幸せな関係を作ることができる。
これがネットビジネスの魅力です。
ネットビジネスは怪しいと思われがちですが、
ただネットを使って
おすすめの商品、
サービスを提供する。
これだけなんです。
何も怪しいことはないです。
じゃあ、
何でこんなにもネットビジネスが怪しいと思われているかというと、
人を騙したり、
変なものを売ろうとする人がたくさんいるからなんですよ。
例えば、
痩せないサプリを痩せると言って売ったり、
1日5分の作業で月収30万稼ぐ方法教えます。
とか。
むちゃくちゃなことを言って人を騙す人が多いから、
怪しいとか
怖いという
印象を持たれてしまっているのです。
本来はもっと人の生活を良くするためのものなのに、
悪用する人が多い。
だからネットビジネスが怪しいと思われてしまっているのです。
僕がここまでネットビジネス擁護しているのは、
僕自身がネットビジネスのおかげで人生が180度好転したからです。
ビジネスを始める前の僕は、
自信が無く常に劣等感を抱いてました。
会社では使いない奴というレッテルを張られて、
上司や同僚、後輩からバカにされ
余りに仕事ができないから
8か月で3回部署をたらい回しにされるという経験をしたことがあります。
自分の居場所が無く、
自信失ってました。
ですがビジネスと出会い。
自分の力でお金を稼げたことで、
こんな自分でもやれるんだ!
と自信を取り戻すことができました。
会社以外でお金を稼ぐことができると知れたことで、
会社が倒産したり、
リストラされたらどうしようという不安も減りましたし。
老後の年金無くなりそうだけど、
大丈夫かな?
という、
老後の不安も無くなりつつありますし。
何より自分の発信と工場で働いていることをを絡めたりできるから、
今では会社で働くことが楽しくなったんですよ。
工場って単純作業の繰り返しで、
つまらない印象だったのですが、
工場って働く仕組みが完成されている場所なんだなってことを
ビジネスを学んで気が付いたんですよ。
だって誰が作業してもほぼ同じ結果ができるように
なってますから。
これはこれですごいことだなって思ったんですよ。
人は必ず能力に差がありますから、
同じ作業をさせたとしても、
必ず差が出ると思うんですよ。
だけど工場はそういった差を極限にまでなくして、
誰が作業しても同じ製品が出来るように
効率化させた場所だということを気が付かされたんですよ。
たしかに単純作業でつまらないかもしれないですが、
単純作業でも利益が出せる仕組みができているってことだから、
こういった仕組み作りを僕の発信でもできないかと。
考えながら工場で働いてます。
普段、工場で単純作業に慣れて、
頭使わなくなくてボーっとすることが多かったのですが、
僕の発信に生かせないか
頭使うようになってから楽しく仕事ができるようになったんですよ。
ビジネスを始めたおかげで、
自分の未来がいい方向に切り開けていて、
生きいていて楽しいです。
今でこそ、自分の人生を楽しい!
と思えるようになったのですが、
ビジネスを始める前の僕は
何もかも諦めるただ生きいてるだけの無気力人間で、
うつ病を患っていました、
高校卒業してすぐに工場に就職したのですが、
作業内容は単純作業の繰り返し。
おまけに僕は物覚えが悪く。
仕事中良くミスをしてました。
何度も繰り返されるミス。
なかなか仕事が覚えられないから
上司からよく怒られ、
先輩からは冷たい目で見られていました。
失敗したことを挽回しようと頑張るんだけど、
頑張りが空回りしてミスを繰り返す。
頑張っても成果が出ない。
むしろ頑張れば頑張るほど周りに迷惑をかけていました。
だから周りからは
「あいついらなくね?」という冷たい言葉を何度もかけられたりもしました。
仕事があまりにできないから、
部署を8か月で3回たらいまわしにされた時はさすがにキズ付きました。
頑張っても誰も評価してくれない。
頑張れば頑張るほど悪い結果ばかりが残っていく。
何をするにしてもうまくいかないから
次第に自信を失っていきましたし。
何をしてもダメなら頑張らない方が良い。
と次第に頑張ることを辞めていきました。
頑張ることを辞めてから、
活気を無くし無気力になって。
ただ生きているだけの廃人になってました。
自分は何のために生きてるんだろう・・・・
と疑問に思う日々を送ってました。
ですがビジネスを学び、
ビジネスの世界を知ったことで、
才能とか現状に関係なく、
誰でも「理想を未来を切り開ける」
と気付くことができたのです。
今では生きることに希望を持つ事ができるようになりましたし、
生きていて楽しいと思えるようになりました。
生きる気力を無くしていた僕が、
いまの考えに至るまでの過去
をこれから話していこうと思います。
僕がどういう道筋を辿り、
現在の状況になってるかわかると思うので、
もし良かったら読んでみてください。
幼少期
岐阜県で3男として生まれる
1歳の冬
寒いからといっておばあちゃんが僕を冷えないように毛布や布団でくるまってくれた。
ただ、何枚も毛布や布団くるんだせいで
くるまれた僕の体温がどんどん上昇。
最終的には脱水症状に。
急いで救急車を呼び、
僕は救急車で運ばれていった。
病院のベッドの上で点滴を打たれながら目覚めたことを今でもうっすらと覚えている。
僕は大切にされ過ぎて病院送りにされる。
一応大事には育てられてはいた。
小学生
勉強が嫌いで、宿題もやらず、
友達と遊んでばかりいた。
勉強が出来なくて、
テストの点数は50点60点と低く
クラスメイトにバカにされていた。
物覚えも悪く
小学2年生の時の九九を覚えるのがクラスで1番遅かった。
本来は出来ないといけない時期に僕だけが九九をできなかった。
夏休みを返上して学校に行き、
先生と2人で九九の練習をさせられたのがいい思い出。
いつも兄と比べられ、
親から褒められたことが無かった。
テストで珍しくいい点を取っても
「そんなの当たり前、お兄ちゃんたちも取っていた」
と流され。
悪い点を取ると
「なんで、お兄ちゃんたちにできてアンタにできないの?」と怒られていた
身体を動かすことが大好きで、
特に足が速かった。
身体を動かしている時だけが、
勉強が出来ない。
親から認めてもらえない。
という劣等感を忘れることができた。
丁度の時、
バレーボールのクラブに入る。
中学生
入学早々いじめに遭う。
シャーペンを盗られる。
下履きを女子トイレに入れられる。
ノートに落書き&破られる
授業中にちぎった消しゴムを投げられる。
イジメでされる代表的なことは全部やられた。
いじめが原因で性格が暗く。根暗に。
勉強もできない。
性格も暗い。
が原因でクラスから孤立。
自信を喪失し、
周りの目を気にするよう生活するようになる。
人にどう思われているか。
怯える癖が付く。
高校生
工業高校に入学。
入った理由が家が近かったから。
僕でも行ける高校だったから。
特にやりたいこととかもなく、
なんとなくで高校を選んだ。
高校入学を期に
いじめから解放され穏やかな毎日を送れるようになる。
授業中に、
消しゴムが飛んでこない。
殴られない
文房具、ノートが捨てられないことに感動を覚える。
その感動から授業をちゃんと受け、
勉強に熱中するようになる。
3年生最後にはクラス順位1位の成績で学校を卒業する。
この時が1番人生で輝いていたと思う。
しかし
進路選択する丁度その時、父が会社をリストラされ。
家計がピンチに。
勉強が好きになり大学進学を決意していたが、
家にお金を入れるため進路を変更。
就職することになる。
社会人 18歳~21歳
高校卒業後、
医療機器の工場に就職する。
大学に行きたかった・・・
と進路を変更したことを後悔しつつも仕事を開始する。
工場勤務は流れ作業で楽。
というイメージがあるけれどそんなことないです。
5分に1回は何らかのエラー(異常)で止まるから
機械の復旧作業をしないといけないし、
常に立ち仕事だから足が痛くなる。
8時間ぶっ続けで立っているなんてこともあるから、
毎日筋肉痛で歩けないくらいになっていた。
工場は常に人手不足で、
最小限の人数しか雇わないから、
持ち場を離れることができず。
休憩はおろか、トイレすらいけないという環境で働いていた。
それに僕は要領が悪く誰よりも仕事ができなかった、
作業内容を覚えるのが遅く
先輩にいつも舌打ちされていたし。
「なんでできんの?」
「なんでできんの?」
「なんでできんの?」
と執拗に攻められ、
仕事があまりにもできないから、
部署をたらい回しにされる。
8か月で3回の部署移動を経験。
会社では使えない奴扱い。
いつも上司、先輩、後輩にバカにされていた。
仕事ができないから邪魔者扱い。
仲の良い社員は誰1人としていなくて、
会社では孤立していた。
会社での居場所が無く、
怒られて、バカにされるだけの毎日。
労働環境も悪いのも相まって、
心身共に疲弊。
就職して2年。
20の時に鬱になり。
精神安定剤。
睡眠薬治療を余儀なくされる。
薬を使いつつ、
身体をだましだまししつつ、
会社で働くも
こんな生活があと40年も続くのか・・・
と働くことに絶望する
同時に生きる気力も無くし
無感情のロボットに成り果てる。
僕の人生終ったな・・・
と人生を諦める。
社会人 22歳 ネットビジネスに出会う
睡眠薬や精神安定剤を使いつつも
何とかしなんとか会社で働いていたけど
流石に限界が近かった。
これ以上無理すると死ぬ。
と本気で思い会社を辞める方法を探し始める。
その時に「ネットビジネス」の存在を知る
藁にも縋る思いで、
ネットビジネスを調べていると
僕と同じように会社で苦しんでいた人が会社を辞めれるまでお金を稼げたり、
引きこもりだった学生がネットビジネスをしたことで自由を手に入れたりと、
人生を謳歌している姿に感激し、
ビジネスを学ぶようになる。
ビジネスを学ぶことで価値観、
思考が変わり”生きやすくなった”感覚を掴む
社会人 23歳
ネットビジネスを始めるもうまくいかない。
どれだけ作業しても1円も成果が出なくて絶望する。
このままやっていて本当にいいのだろうか。
やっぱり自分には無理だったんじゃ・・・・
どれだけ頑張っても成果が出ないことに、
怯え恐怖するようになる。
ただ、
成果は出てなくて苦しんでいたけど、
ビジネスを学んだことで
自分の未来にはまだ可能性があると希望が持てたことで
性格が明るくなり。
周りからは明るくなったね
と言われるように。
睡眠薬、精神安定剤がなくても生活ができるまで回復したりと、
悪いことばかりじゃなかった。
これで後は成果が出てさえくれれば。
と思う毎日だった。
社会人 24歳 初収益発生
性格が明るくなったことで、
ネットを通じていろんな人と関わるようになる。
この時にいろんなビジネス仲間ができ交流して仲良くなる。
ネットで稼いでいる人のほとんどが情報に投資していて
僕も投資しようと心に決め、
信頼できるビジネス仲間にコンサルを願いする。
この時学んだのはyoutubeマーケティング。
いわゆるyoutubeで稼ぐ方法。
最初は動画の作り方も分からず四苦八苦しながらも動画を作成。
1日2~3個会社に行きながら動画を作成する。
最初の1、2週間はどれだけ動画をアップしても10再生もされずに
師匠に
「全然再生されないのですが大丈夫でしょうか・・・」
と思わず不安を口にしてしまう。
師匠から
「始めたばかりは再生されないからね。もうちょっと我慢だね」
と言われる
不安ながらも動画を作り始めて3週間が経過した時に
1本の動画が1万回再生される。
そこから今まで出していた動画も見られるようになり、
日に日に再生数が伸びていく。
3万再生、
5万再生と動画が再生されていき、
初月で5000円稼ぐことに成功。
初めて5000円という成果が出て喜び、
夢中になって動画を作り始める。
動画を作れば作るたびに再生されるようになって。
あるとき1つの動画がバズって1日で10万再生されるような動画も作れるようになって。
成果が伸びていった。
開始3か月で月収20万円を達成。
チャンネル登録者も2500人と初めて大きな成果を得ることができた。
この時初めて大きく稼げたから、
今までの努力が報われたようで嬉しかった。
会社で邪魔者扱いされていた僕でもやれるんだ!
と僕の未来に可能性が残されていると希望が持つことができた。
会社に依存しなくてもやっていけると希望が持てたことにより。
「身体的、精神的な苦痛から解放」され、
うつが改善。
前向きに生きられるようになる。
そして現在。
youtubeへの規制が強まり、
収益化が停止される動画がちらほら出だし
youtube1本でやっていくには
収益も不安定で、
下手するとチャンネルが消される
という不安から
もう一本稼ぎの柱を作るべく
ブログ、メルマガといったwebマーケティングを学ぶ事を決意。
現在は学んだことをブログ、メルマガで発信している。
その他にも稼げなくて困っている人の相談に乗ったりと活動し、
仲間を増やしていってます。
と言った感じでこれが僕のざっくりとしたプロフィールになります。
プロフィールから分かる通り。
僕は天才でも、出来の良い人間ではありません。
会社では「不良品」と言われるようなダメ人間でした。
精神的にも脆く、
すぐ落ち込んでましたし。
頑張っても
空回りして周りに迷惑をかけて失敗ばかりしてました。
頑張れば頑張るほど、
失敗するから
自分が惨めになっていく姿だけがさらされ。
自信を失っていきました。
自信を失い。
生きる気力も失って
うつの状態から僕はビジネスを始めました。
お金もない。
知識も、経験も、技術も、人脈も0
何一つなくゼロスタートでした。
最初は僕の人生は何をしても無駄
と人生を諦め、
家と会社を行き来するだけの生き地獄
を過ごすだけ。
毎日。
苦しい・・・
つらいよ・・・
夜寝るときに泣いてました。
人生を諦めてるから、
なんとかしよう!という気力も起きず
ただただ生きいるのが苦痛な日々を過ごしていました。
でも、そこからビジネスに出会い、
見える世界が広がって、
未来の可能性を知ったことで
僕の人生が明るくなりました。
今まで自分の人生を諦めてきたのは、
どうしたら未来を切り開けるのか。
僕が幸せになれるのか。
うつになった時も無気力になりながらも
何とか現状を打開しようとは思いました。
未来に希望を持つことができませんでした。
だけどビジネスと出会い、
世界が広がりました。
会社で働くこと以外にも選択肢があるんだと示してくれました。
今までは会社1本の道しかなかった僕に
いくつもの道を用意してくれたのがネットビジネスでした。
世界の広さと、
未来の選択肢の多さに気づくことができ。
自分でもやっていけると希望を見つけられたからこそ
前に進めるようになりました。
精神的に脆く、
仕事も勉強もできず
会社での居場所もない僕でしたが、
未来を切り開くために日々生活しています。
才能や環境に恵まれず。
現状が地獄であったとしても、
抜け出すことができる。
「現状を何とかするための知識」と「行動に移すための努力」
この2つがあればどんな人生でも変えることができると確信しています。
暗闇にいるからこそ小さな光でも目に届く
僕はずっと暗闇の中をいました。
未来に希望はなんてない
何をしてもどうせ無理なんだと
全てを諦めてふさぎ込んでいました。
だけどずっと暗闇の中にいたからこそ、
小さな光にも気づくことができたんです。
1人ボッチで仲間なんていないと思ってた僕でしたが、
母や、
小学生の時からの友達が
僕のことを心配してくれてたんです。
母は毎日僕に話しかけてくれて
励ましてくっれたり。
友人は友人で
飲みに連れて行ってくれたりと、(しかも友人のおごりで)
僕を一人にしないように支えてくれていたんです。
だけど当時の僕には邪魔な存在でしかなく。
冷たくあしらっていました。
「もう構わないでくれ。一人にしてくれ。俺の何が分かるんだよ!」と。
それでも冷たい態度を取る僕から
離れることなく最後までそばにいてくれました。
正直心強かったです、
確かにウザったいと思ってました。
ですが同時に僕は愛されてるんだな・・・
と自覚するようにもなったんです。
僕は一人じゃない。
ちゃんと仲間がいるんだ!
と安心できたんです。
この時は素直になることができずに、
冷たい態度を取りつつも
心の中では喜んでました。
当時はツンデレをかましてましたが。
僕に接してくれるという何気ない出来事が
暗闇の中にいた僕にとっては眩しく映ったんです。
僕に接してくれるという光があったからこそ。
最後の最後踏みとどまって生き抜くことができたと思っています。
暗闇の中にいるからこそ
わずかな光でも目に届きます。
僕がネットビジネスを始めたのも
ネットビジネスという小さな光が差し込んだからなんです。
確かに最初は不安で怖かったです。
ですが、ここで変わらないと、
見捨てられるなとも思ったんですよ。
母や友人が冷たい僕を見捨てずに接してくれている。
スゴイ嬉しかったし生きる気力にもなってました。
だけどそんなことがずっと続くわけじゃないと思ったんです。
母も家事だったり、
自分のこともあります。
なにより。
もう年ですから。
身体にガタがきはじめて
自分のことでいっぱいいっぱいになる。
本当は僕が母を支えなければいけないのに
支えられっぱなし。
友人も友人で
プライベートの時間やお金を削ってまで
僕の心配をしてくれる。
友人にも生活があります。
だから僕につきっきりというわけにもいかないです。
それに冷たい態度ばかりとる僕といても楽しくないと思ったんです。
それに僕は何も改善されないんじゃ。
友人も諦めて僕のことを見捨てるようになる。
母や友人にまで捨てられたら、
人間として終わりだなって思ったんです。
だって「ありがとう」の一つも言えない僕に接してくれるんですよ。
ここま優しい人たちに見捨てられるって相当ダメな奴だと思ったんです。
ですから大切な親友を失わないがために
怪しいネットビジネスの世界に足を踏み込んで
変わろうとしたんです。
はじまりは小さな光でしたが、
今では大きな光になって、
未来が明るくなりました。
暗闇の中にいるからこそ。
微かな可能性にも気づくことができる。
だから僕と同じように暗闇で苦しんでいる人に
少しでも可能性という光を届けれたらなと思っています。
ビジネス学ぶと世界が広がる。
僕は工場という世界しか知らなかった。
ビジネスを学ぶ前の僕は
工場の中以外の世界を知りませんでした。
工場という狭い世界が僕のすべてでした。
狭い世界だから、視野も狭かったです。
会社のいうことは世界の法律。
みたいに絶対的拘束力がありました。
だから会社で理不尽な要求があったとしても。
あぁーこれが普通なんだなって思ってしまってたんですよ。
むしろおかしく思う自分がおかしいんじゃないか。
とすら思ってました。
とにかく
正しい決断をすることができませんでした。
工場の中が世界の全てだと思い込んでしまってるから
工場で働けなくなる=生きていけない。
という価値観が根付いてしまってました。
だから
理不尽に怒られたり。
仕事ができなくてバカにされたり。
部署異動を何度もさせられても。
我慢して働くことしかできませんでした。
下手に反抗すれば工場で働けなくなる。
そうなれば生きていけない。
だから耐えるしかありませんでした。
心の中では働きたくない。
嫌だ!助けて!
と叫ぶんだけど。
心の叫びを理性で抑え込み。
無理して働いていました。
その結果、
体を壊して、
薬漬けの生活を強いられました。
視野が狭いと選択肢の幅も同時に狭まります。
本当は体を壊さずに済んだ選択肢があったかもしれない。
だけど視野が狭かったがために。
身体を壊し。
生きる気力を無くすという失敗を犯しました。
狭い世界に捕らわれていたばかりに苦しい思いをしました。
ビジネスに触れて見て分かったことなのですが、
世界は本当に広いです。
色んな生き方があるんだと。
実感させられます。
会社で嫌味を言われて落ち込んでいたことが
しょぼく思えてきます。
会社で働くのが嫌だから海外逃亡してタイで暮らすビジネスマンとか。
働くのが嫌でヒッチハイクしながら全国を旅するニートとか。
なんでもありかよ
こいつら。
と思えるような人間がたくさんいると
ビジネスを通じて学ぶことができました。
こういうはちゃめちゃな生き方をしている人が実際にいることが
僕の常識を破壊してくれました。
僕は大人になったら
会社であくせく働くもの。
だと思ってましたが。
こういう生き方もあるんだな。
という選択肢を僕に教えてくれました。
今までは会社1本という選択肢しかなかった僕に。
会社以外で生きいていく方法を教えてくれたのがネットビジネスでした。
視野が広がって
選択肢が増えるとそれだけで安心します。
今までは会社という選択肢しか知らなかったですから。
もし会社が無くなったらどうしよう・・・
働けなくなったらどうしよう
という不安しかなかったです。
ですがネットビジネスを始めたことで。
生きる道が2つ3つと増えていったことで。
1つがダメになったとしても生きていける
という安心があって
精神的にすごい楽になりました。
それにビジネスは
自分の人間性や可能性を
広げてくれるものでもあります。
実践の中で様々な価値観も学ぶし、
思考が鍛えられ、知識や教養も
どんどん身につきます。
人間的に成長していくことができるので
自分の魅力も増していきます。
そして何より自分の成長や
人生に対して前向きな人たちに
数多く出会うことができます。
ビジネスには魅力がいっぱいだと感じています。
選択肢は1つじゃない。
たくさんの選択肢にあふれてる。
選択肢は1つだけじゃない。
たくさんの選択肢にあふれている
僕が情報発信をする理由はこのことを多くの人の知って欲しいと思ったからでもあります。
僕が会社で苦しみながら働いていたのは、
会社という選択肢しか知らなかったというのが大きいです。
会社で働くことでしか
生きられないと思ってました。
だから
理不尽な要求にも耐えて、
社員からの罵倒からも耐えてました。
生きるための選択肢が会社しかなかったから
心身を犠牲にして必死に会社にしがみついてました。
選択肢が1つしかないから、
その選択肢を守るために必死になってました、
そのせいで体を壊し、
生きる希望も失って辛い日々を過ごしていました。
会社で働くことがいけないとか、
そういうことを僕は言いたいのではありません。
会社で働くことも十分素晴らしいですし。
すごいことだと思ってます。
ですが、
僕のように全員が全員。
会社で働くことが自分に合っている。
ということもないと思うんですよ。
会社で働くことが苦痛に感じる人も中にはいると思います。
世の中会社はたくさんありますから、
会社によって労働環境も異なります。
1つしかない選択肢でも自分はやっていける
と思えるのならそれでいいです
ただ会社で働くという選択肢が苦痛で仕方が無くて、
頭がどうにかなりそう。
でも生きる選択肢が1つしかないから、
無理をする。
その生き方をすると体を壊しますし。
不幸になります。
僕がそうでした、
我慢に我慢を重ねて無理をした結果がうつでしから。
だからこそ、
会社で苦しんでる人たちに会社以外でも生きる手段があるということを知ってほしくてこの発信をしているっていうのがあります。
生きる選択肢を増やす。
これが僕の理念になります。
僕は会社以外の選択肢を知れたことで
未来が明るくなりました。
会社でダメでも
違う場所ならやっていけるかも
という希望を持つことができました、
今までは会社しか居場所が無くて。
その会社ですら居場所を失って。
このまま一生昇格も何ももなく、
終わっていくんだな、
と未来を諦めていました。
ですが世の中いろんな選択肢があるんだとわかって。
会社ではダメだったけど他の場所ならできるかもしれない。
とポジティブに物事をとらえることができて、
落ち込むことが減って
自分の可能性を信じれるようになりました。
会社だけが人生のすべてじゃない。
本当につらいのであれば
違う選択肢もある。
このことを僕の発信で伝えられたらと思ってます。
僕の発信を通して
一人でも多くの人を苦痛から解放したいし、
日々に輝きを取り戻してほしいと思っています。
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どうも初めまして、ツヨです。
まずはお前誰?となると思うので軽く自己紹介させていただきます。
僕は工場で働きながら外注化を駆使してネットビジネスをしているしがない工場員です。
人に雇われる立場にありながら人を雇っているという面白い立場にいます。
ちなみに僕がネットビジネスを始めた理由は会社で働くことが嫌だったからです。
会社の何が嫌だったかを上げると、すぐに怒ってくる短気な上司、眠たいのに出社しないといけない夜勤
休みの少ない労働環境会社という存在が僕に合わなかったので抜け出すためにネットビジネスを始めました。
ただ、ネットビジネスと言っても超雑怪しかったんですよね。
最初はビクビクしながら始めましたし、
教材詐欺、コンサル詐欺に何度も会いました。
総額にしたら100万はっ損しています。
それでもネットビジネスを続けれたのはそれだけ会社が嫌いだったから
ちなみに僕の原動力は「job is shit!(仕事なんてクソだろ」という精神です。
僕はこれだけで月収20万円を稼ぐことに成功しました。
ちなみに単発という意味では最高50万です。
低学歴、あがり症、人見知りでコミュ障というコンプレックスだらけの欠点だらけ。
何をやってもダメダメの人間が「job is shit!(仕事なんてクソだろ」精神だけで成り上がってきました。
おかげさまでもうすぐ会社供おさらばできそうです。
現在、会社を辞めても生きていけるように収益の安定化を目指して仕組みを構築しています。
自分でお金が稼げたということが自信になり、コンプレックスが消失。
会社に依存しなくても生きていけるという安心感から
上司に怒られてもなんのその。完全無視でゆるゆる働いています。
「job is shit!(仕事なんてクソだろ」とか言ってる僕でもできたんです。
正直、やったら誰でもできると思います。
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初めまして。
ブログランキングから来ました。
自分も会社勤めをしながら、。
ネットビジネスをしています。
今は月に一万稼げるかどうかですが、
頑張っていきます。
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